今夜は流星群が見られるらしい。一週間ほど前、フルサトからそんな話を聞いた。天体に詳しい者から聞いたそうだ。
流れ星単体は何度か見たことがあるが、一晩で幾つも星が流れる光景は未だ見たことがない。輝く星々が雨のように黒い空を走る光景は、さぞや美しいことだろう。願わくばこの目で見てみたいものだが、身体を蝕む薔薇の傷がそれを許さなかった。
外界を遮るカーテンに手を伸ばしたいが腕が動かない。まるで錘のように、硬いベッドに沈んでいる。
カーテンを開けて空を眺める。そんな簡単なことすらできないのかと思うと、情けなさのあまり溜息しか出てこない。
見飽きた天井をぼんやりと見つめながらいつも考えてしまう。こんな状態で本当に世界帝から自由を取り戻すことができるのだろうか。何をするにも誰かの手を借りなくてはいけない自分が、本当にレジスタンスの希望になり得るのか、と。考えても考えても、その答えは闇の中だ。
流れ星は、その光が消える前に願い事をすると叶えてくれるという言い伝えがある。何度か挑戦したことはあるが、成功したことは一度もない。
——もしも願いが叶うなら。
「マスター、起きてる?」
軽いノックの後、扉の向こうで誰かが尋ねた。起きていると告げると、ゆっくり開かれた扉の間からシャルルヴィルが顔を覗かせた。
「こんな時間にごめん。今ちょっとだけいい?」
シャルルヴィルは扉を開いたまま部屋に入ると、ベッドの傍に置かれた簡素な椅子に腰掛けた。
彼が夜更けに訪ねてくるのは珍しいことではない。が、今夜の彼は少し様子が違って見えた。防寒着を身につけ、手には虫取り網が握られているのだ。遊びに行くにしては時間が遅すぎるし、任務にしては軽装すぎる。
「今夜、流星群が見られるって知ってる?」
彼が尋ねた。
「実はスフィーとケンタッキーが『流れ星を捕まえよう!』って言い出して。俺はそんなの絶対に無理だって言ったんだけど、二人とも全然聞かなくてさ。こんなんで捕まえられるはずないのに」
所々破れている網を摘まみ、シャルルヴィルは苦笑した。捕まえられないと言いつつも網を持っているということは、結局二人の提案に乗った、もとい、巻き込まれたということだろう。
「これから宿舎の屋上に行くんだけど、騒がしくするかもしれないからマスターには伝えておこうと思って」
貴銃士が何かをした時、彼らの身を預かるマスターが何も知らないと不都合なことが多い。それを危惧して彼はわざわざ部屋を訪ねてきてくれたのだ。
流星群を捕まえるとは、なんとも楽しそうである。不可能なのはわかっているが、彼らならできそうな気もしてくる。その場に一緒にいられないのが残念だ。
夜なのであまり騒がしくしない、危ないことはしない。この二点だけは注意して欲しいと言うと、シャルルヴィルはわかったと微笑んだ。
「あ! ここにいたんだシャルル兄ちゃん」
声がして、出入口の方に目を向けると、スプリングフィールドとケンタッキーが立っていた。どうやらシャルルヴィルを捜していたようで、スプリングフィールドは軽い足取りで、ケンタッキーはやや緊張したように姿勢を正して一礼をしてから部屋に入った。
二人ともシャルルヴィル同様虫取り網を持っていた。どちらの提案かはわからないが、三人揃って網を持っている姿は何だか微笑ましく、思わず笑みが零れてしまう。
「マスター、たくさん流れ星を捕まえるから期待して待ってて」
星の如く目を輝かせながらスプリングフィールドが言った。期待していると伝えると、
「任せてくださいっす。流れ星の一つや二つ撃ち落とすくらい朝飯前っす!」
ケンタッキーは自信ありげに胸を叩いた。
「ケンちゃん撃ち落とすんじゃなくて捕まえるんだよ」
「わ、わかってるって」
二人は目を合わせて笑った。
「そろそろ行こうか。いつ流星群が来るかわからないし」
「うん。じゃあ行ってくるね。おやすみマスター」
「おやすみなさいマスター!」
スプリングフィールドとケンタッキーは慌ただしく廊下を走り屋上へと向かった。
二人を見送ると、シャルルヴィルはやれやれと言わんばかりに小さく息を吐いた。大丈夫だと思うが二人のことをよろしくと頼むと、彼は頷き、包帯が巻かれた左手に優しく触れた。
「おやすみマスター。いい夢を」
子供を寝かしつけるように前髪を撫でてから、彼は静かに部屋を出て行った。
三人がいなくなると、部屋はすっかり静まり返ってしまった。
音のない暗い部屋で眠るのは怖い。けれど今日は心安らかに眠れそうな気がした。
瞼を閉じ、三人が空に向かって網を振っている様子を想像しながらマスターは眠りに落ちた。
・・・
カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めたのと、扉を叩く音が聞こえたのはほぼ同時だった。
「マスター、入るぞ」
寝惚け眼にぼんやりと映ったのは朝食を運んできたブラウン・ベスの姿だった。
「具合はどうだ? 起きられそうか?」
昨日に比べれば痛みや息苦しさはないが、身体は重い。まだまだ快復には時間がかかりそうだ。
食欲はないが何も口にしないわけにもいかず、ブラウン・ベスの手を借りて上体を起こす。すると、指先に何かが当たった。
枕元にリボンがかけられた小さな包みと手紙が置かれていた。ブラウン・ベスが持ってきたのかと尋ねるが、彼は違うと否定した。
昨晩まではなかったはず。誰かが寝ている間に置いていったのだろうか。
まともに動かない指では包装を解くことができず、ブラウン・ベスにその役を任せる。彼は悪戯かもしれないと警戒しながらリボンを解いた。
上品な紙に包まれていたのは掌ほどの大きさの箱だった。彼は箱を開けて中身を確認すると、続けて二つ折りにされた手紙に目を通した。そして眉をひそめたかと思うと、
「あいつら……」
と呟いて箱と手紙をマスターに見せた。
箱に収められていたのは星の形を模したブローチだった。
表面を覆う透明の小さな石が朝日を反射して輝く。まるで群星をそのまま敷き詰めたかのようだ。
こんな素敵な贈り物をくれたのは誰なのか。その正体を知りたく、添えられた手紙を読む。
『流れ星を捕まえたよ。マスターの願いが叶いますように!』
手紙に名前はなかった。だが贈り主が誰なのかはすぐにわかった。
胸の奥が熱くなり、頬を温かい涙が伝う。
「マスター……」
溢れる涙をブラウン・ベスが指で受け止める。それでも止めどなく流れる涙は彼の指を伝ってシーツに染みを作った。
こんなにも情けなくて、こんなにも不甲斐ないマスターであるにもかかわらず、彼らはいつも温かな気持ちにさせてくれる。その度に彼らのマスターになれたことが幸せで、嬉しくなる。
答えの出ない悩みはある。けれど、今は煌めく流星に願おう。
彼らとの穏やかな日々を守れますように、と。