『ブルースを聴きながら』
レオポルト、キンベエ、タバティエール、そしてトーマス・フィッシャーが起こしたハーリー・ペイン襲撃事件は夜が明けるよりも早く街中に広まった。女性たちを連れて街に戻ると、四人は街中の者に熱く迎えられた。
とりわけ四人に感謝の意を表したのはレジスタンスのリーダーだった。多大な迷惑と心配をかけたにもかかわらず、彼は世界帝軍から街を取り戻せたのは四人のお陰だと深々と頭を下げた。
三人がバーから出て行った後、彼は急ぎ基地に仲間を招集し、戦いに備えたのだという。絶対に何かやらかすだろうなと思っていたらその通りになり、彼は混乱に乗じて東、南、北の検問所を制圧し、街にいる世界帝軍兵士を全員撃ち倒したそうだ。兵士の大半がハーリーに買収され四人の妨害任務に回されたことにより、他の防御が甘くなったのが勝因だったようだ。
捕まった女性たちを助けるつもりが、街そのものを救ってしまったようだ。
ハーリーに攫われた女性たちは無事家族のもとへ帰された。皆、心から再会を喜んだ。
地下牢に置き去りにされた女性たちも家族のもとに帰ることができた。女性たちの居場所を教えてくれた少女の両親であるレリック夫妻も、変わり果てた姿の娘を優しく迎えた。キンベエが彼女のお陰で女性たちを助けることができたと伝えると、レリック夫妻は涙を溢れさせながら娘は街を救った英雄だと誇らしげに言った。
身元不明の女性たちは家族のもとへ帰ることができなかったが、集団墓地に手厚く葬られることになった。彼女たちの葬儀には多くの者が参列した。
こうして街を恐怖に陥れていたヴァンパイア事件は幕を閉じたのである。
そして、三人は——
「もう行くのか」
女性たちの葬儀を遠くから見守っていた三人に声をかけたのは、喪服姿のトーマスだった。隣には、同じく黒い服に身を包んだキャロルがいる。
対して三人はというと。改まった装いではなく、着慣れた服に遠征用の外套という場違いな格好をしていた。誰が見ても、遠出をするのだろうとわかる姿だった。
「ああ。そろそろ戻らんと皆が心配するからな」
あれから結局、三人は一週間ほど街に留まった。ハーリー・ペインの邸の調査、世界帝軍兵士の死体処理、今後の対策などの事後処理を行うためだ。特に防衛対策会議に多くの時間を取られた。
一旦支配下から逃れることができても異変に気づかれ報復攻撃をされたら以前よりも街の状況は悪くなってしまう。それを避けるための防衛策を皆で考える必要があった。レジスタンスのリーダーを中心に話し合いが行われ、三人も街を危険な状態に晒してしまった責任もあるので積極的にそれに参加した。
それもようやく昨日まとまったので、三人は基地に帰ることにしたのである。
「手紙は出したんだろ? もう少しいたらどうだ」
「そうしたいのは山々だが、これ以上皆の世話になるわけにもいかんしな」
戻るのに時間がかかることは既にマスターに連絡している。それでも滞在できるのは後始末が一通り済むまでだ。終わったら速やかに戻るのが基地のルールである。
「そうか、残念だ」
トーマスは肩を竦めた。
「ならばせめて見送りだけでもさせてくれんか」
「勿論ですとも」
レオポルトたちは集団葬儀が行われている墓地を後にした。
一行が向かったのは街の外……ではなく、レジスタンスが隠れ蓑として使っている骨董品屋だった。店の前には一台の車が止められており、三人は荷物を車の後部座席に載せた。
「本当にお持ち帰りになるんですね」
「ええ。お陰で楽な旅になりそうです」
レオポルトは嬉しそうに車体を撫でた。
この車はあの夜ハーリーの追跡に使った車である。謝礼として何でも持っていって構わないと街の者たちが言ったので、ハーリーの車と最新式のラジオを遠慮なく譲り受けたのだ。所有者が既にこの世にいなかったので誰一人文句は言わなかった。
「荷物になるかもしれませんがこれを。一応日持ちがする物を選びました」
キャロルは肩に掛けていたトートバッグをタバティエールに渡した。
バッグの中にはパン、干し肉、缶詰、水が入っていた。旅には欠かせない品である。
「キャロルがお前さんらが明日出立すると聞いて慌てて買いに行ったんだ。ありがたく食うんだぞ」
「あはは、そうか。気を遣わせちまったな。ありがとなキャロルちゃん」
礼を言うと、キャロルは少し頬を赤くして
「こちらこそ、ありがとうございました」
と、言った。
「受け取れ。こいつは儂からの餞別だ」
割り込むようにタバティエールとキャロルの間に立ち、トーマスは持っていた物を差し出した。
「トーマス殿、これは」
彼が餞別として用意したのは一枚のレコードだった。ジャケットには『ジャック・マーカー』と書かれている。
「蓄音機はあるか?」
「あ、ああ。持ってる奴はいる」
「戻ったら聴け。ジャック・マーカーはいいぞ」
トーマスは空になった掌を突き出したまま、にっと口の端を上げた。
その意味を理解したキンベエは彼の手を取り、固く握った。
「壮健に」
「お前たちもな」
一夜の戦争を共に戦い抜いた友に別れを告げ、三人の貴銃士は爽やかな風を感じながら帰路についた。
その道中にて……
「なんでこんなことに……」
キンベエは今日何度目かわからない愚痴をこぼした。
「すみませんキンベエ殿」
運転席でなんとか車を元の状態に戻そうと悪戦苦闘しながら、レオポルトは謝った。
「バッテリーが上がっちまったんなら仕方ないですって」
動かなくなってしまった車を両手で押し、タバティエールは苦笑した。
基地に向かう道中、不幸なことに車のバッテリーが上がり、動かなくなってしまったのである。あれだけ無茶な運転をした後なので仕方がないと言えば仕方がない。
車が動かないことには帰れないので、キンベエとタバティエールが後ろから車を押してなんとかエンジンをかけ直そうと試みはいるが、一向にかかる気配がなかった。
いっそ車など捨ててしまえばとキンベエは提案したが、それは駄目だとレオポルトに反対され、今に至る。
「このままだと、徒歩で帰るより戻りが遅くなりますよ」
「そうだね。でもエンジンさえかかれば早く帰れるから、もう少し協力してくれるかい?」
「早くって……わしはもうあんな目に遭うのは御免だぞ」
「それは残念ですな。あの速さなら陽が落ちる前に基地に戻ることもできるんですが」
「頼むから勘弁してくれ……」
キンベエは心底嫌そうに言った。
車を押し始めてからどれくらい経っただろうか。東側に傾いていたはずの太陽が、いつの間にか真上から熱を放っている。
額や背中から止めどなく汗が流れる。早くシャワーを浴びて汗を流したい。静かな寝床で横になりたい。
そして少しでも早く戻ってマスターを安心させたい。
「一体いつになったら帰れるんだ⁉︎」
キンベエの嘆きが、虚しく平野に広がった。
音楽が聞こえる。ラジオがどこからか電波を受信したようで、勝手に男たちの旅路に音を添えた。
三人は会話を止め、暫しそれに耳を傾けた。
ラジオから流れるブルースを聴きながら、男たちは待っている者がいる道を往くのだった。